東京高等裁判所 昭和61年(行コ)34号 判決 1988年4月20日
亡菊山喜久治訴訟承継人
控訴人
菊山知恵子
亡菊山喜久治訴訟承継人
控訴人
菊山味起子
亡菊山喜久治訴訟承継人
控訴人
菊山貴子
右菊山味起子及び菊山貴子各法定代理人親権者母兼亡菊山喜久治訴訟承継人
控訴人
菊山里
右四名訴訟代理人弁護士
村田武茂
被控訴人
国
右代表者法務大臣
林田悠紀夫
右指定代理人
堀内明
外一三名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人菊山里に対し、金七五〇〇万円、控訴人菊山知恵子、控訴人菊山味起子及び控訴人菊山貴子に対し、各金二五〇〇万円並びに右各金員に対する昭和五六年二月二七日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
4 右2、3項につき仮執行の宣言。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文第一項と同旨。
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決事実摘示の訂正等
原判決二丁裏三行目の「山林四八二・九七五平方メートル」を「山林四八万二九七五平方メートル」と、同五丁表一行目の「できた。」を「できたはずである。」とそれぞれ改め、同五丁表三行目と四行目との間に改行して「5 訴訟承継前の控訴人菊山喜久治(以下、「菊山喜久治」という。)は、昭和六二年四月二九日に死亡し、控訴人菊山里が二分の一、控訴人菊山知恵子、同菊山味起子及び同菊山貴子が各六分の一の各割合で本件山林の所有権を相続するとともに、控訴人らは、本件損失補償請求権をも右と同じ割合で相続した。」を挿入し、同四行目の冒頭から同七行目の末尾までを「6 よって、被控訴人に対し、本件損失補償金の内金請求として、控訴人菊山里は、金七五〇〇万円、控訴人菊山知恵子、同菊山味起子及び同菊山貴子は、各金二五〇〇万円並びに右各金員に対するその各弁済期の経過後である昭和五六年二月二七日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」と改め、同裏九行目と一〇行目との間に改行して「5 同5の事実のうち菊山喜久治が昭和六二年四月二九日に死亡し、控訴人らが菊山喜久治の財産上の権利を相続したことは認める。」を挿入し、同二八丁裏七行目の「本件不許可決定は、」の次に「適法であるが、」を加え、同九行目の「高見山地縦走線歩道」を「三峰山への登山道の途中」と改める。
二 控訴人らの当審での追加主張
1 法による財産権の制約は、美しい自然景観を維持し、これを後世に残そうとする積極的福祉目的に基づくものであり、そして、このような目的による財産権の制約は、土地所有者の利益と直接結びつく土地所有権の内在的制約とはいえないものであるから、その制約に伴う損失は、当該土地の所有者が個人として負担すべきものではなく、国民全体の出捐によって負担すべきものである。
なお、本件山林内における採石行為の制限が土地所有権の内在的制約であるか否かは、土地自体の有する属性によって判断すべきものであって、土地の所有者の職業などは右判断には全く関係がない。
2 財産権の制約目的である公共性は、その制約を課すること自体及びその制約の程度の正当性を理由づけるにとどまるものであって、損失補償の要否とは無関係である。
3 法三五条の定める損失補償の内容には、土地の利用方法が限定されたことによってその所有者が受けることになった合理的に認定しうる一切の損失を含むというべきであるから、いわゆる積極的な実損の補填説は採用することができない。
4 本件山林を含むその付近の土地が本公園の特別区域として指定された趣旨、目的は、あくまでも自然景観に対する眺望を維持するためであるところ、本件山林内では植林後八年間程度経過すれば、外観上の緑は回復するのであるから、本件採石事業が行われた場合の自然景観に対する影響は、採石事業継続中の期間と採石事業終了後の最長八年程度の期間とを合算した一〇年程の期間だけ本件山林内の緑が奪われるのみであって、それは一時的なものにすぎない。
因みに、本件山林は、公用制限の比較的に緩い第三種特別地域内にあり、公園内の緑なす景観の維持とはいっても、樹木の伐採方法については何らの制限もなく、その伐採の許可申請さえすれば、原則として、かなりの面積にわたるすべての樹木を自由に伐採することが許されるのである。
5 本件山林のうち、その眺望が害される範囲は、三峰山への登山道の途中から望見できる同山林の頂上部に近い一部分に限定されるのであって、その全体ではない。また、三峰山の山頂から本件山林を眺望することはできないし、同山頂の付近でも、人のあまり行かない地点からでなければ、これを望見することができないのであるから、そのような地点からの景観をそれほど重視する必要はない。
更に、三峰山の山頂部に造成される予定の広場や展望地、あるいは、高見山地縦走線歩道は、いずれも本件申請当時計画中のものにすぎず、その策定後一〇年余を経過した現在でも未だ実現されていない。そのことから見ても、右の各計画が今後実現されるか否かははなはだ不確定である。のみならず、仮に、右の広場や展望地が造成されたとしても、実際にそこから本件山林を眺望しうるか否かは不明というべきであるし、また、右歩道が具体化されなければ、同歩道から本件山林を眺望しうるか否かを判断することもできないはずである。
従って、本件山林中、これらの望見できない範囲の土地内での採石行為が許可されたとしても、何ら本公園の景観を阻害することになるものではないというべきである。
6 そこで、このように、極めて限られた地点からの眺望を維持する目的のためだけに、本件山林の全体について、採石行為を制限することは、余りにも過大な制限というべきであり、従ってこれによって菊山喜久治が受けた損失はその全額が補償されるべきである。
7 仮にそうでないとしても、本件山林中、原状不変更の制約を加えるべき範囲は、三峰山への登山道からの眺望が可能な一部の地域に限定されるべきであり、しかも、そのような地域を限定することは技術的に何ら困難なことではないから、少なくとも過大に制限した部分については、その損失を補償すべきである。
そして、三峰山への登山道から眺望することができない本件山林の面積は、六万〇六九九平方メートルであり、その範囲の土地において採取することの可能な砕石の量は、一一〇万六一五三立方メートルに達する。
8 採石の騒音、振動により静ひつさを阻害するという行為は、公園の自然環境そのものに対する侵害ではない。もし静ひつさの阻害を問題にするのであれば、本公園内のいかなる場所での静ひつさが阻害されるかを明確に特定すべきであるが、本件ではその点も不明のままである。
なお、三峰山の山頂付近と本件山林との間は約一三〇〇メートルも離れているから、少なくとも三峰山の山頂付近においては、何らの騒音問題も生じえない。
9 岩石の崩落、森林の保水機能の損失による水害の発生、土砂の流出による水の汚染及びそれに伴うあまご養殖の被害等は、法による許可、不許可の判断にあたり考慮されるべき事項ではないから、これらを本件損失補償の要否の判断中において考慮することは不当である。
三 被控訴人の追加主張
1 憲法二九条二項は、公共の福祉について何らの限定もしていない。従って、消極的警察目的による公用制限と積極的福祉目的による公用制限との間で、公共の福祉に質的な差異が認められるべきものではない。
2 財産権の制約の目的が高度の公共性による場合には、法令上に規定された財産権の制限がその目的からみて合理的なものであればその内在的制約というべきところ、本件における土地所有権の利用制限の目的は、自然環境の保全という高度の公共の福祉を維持するためであるから、このような場合には、何ら損失の補償をも要しないものと解すべきである。
3 三峰山の山頂付近やその山頂への登山道などの特定の地点のみからの眺望だけを問題にするのは誤りである。すなわち、公園の風致とは、人の五感を通じて人々に美的感興、精神的安らぎ、あるいは深い感銘を与える自然物又は自然現象及びこれらを含む自然環境全体、更にはこれらがかもし出す雰囲気を意味するのであって、自然景観の眺望等、可視的なものには限られない。
4 静ひつを保護すべき対象地域は、本公園内の全体であって、その中の特定の地点のみに限定する必要はない。
第三 証拠関係<省略>
理由
一本件損失補償請求の前提となった事実関係
請求原因1の事実、同2の事実のうち、本件山林が昭和四五年一二月二八日付官報により本公園の第三種特別地域に指定されたこと、本公園の区域図が昭和四八年一二月一八日以降本件山林の所在地である三重県一志郡美杉村の役場に備え付けられたこと及び本件山林には片麻岩や花崗岩が存在し、その表土も薄いこと、同3の事実、並びに同4の事実のうち、本件申請が不許可となった理由は、本件山林が法により国定公園の第三種特別地域に指定されていたことに起因するものであることは、いずれも当事者間に争いがない。
二法による公用制限と損失補償
1 法は、すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もって国民の保健、休養及び教化に資することを目的として(一条)、制定されたものであるが、法は、その目的を達成するため、環境庁長官に、区域を定めて国立公園又は国定公園を指定する権限を与える(一〇条)とともに、これらの公園の風致を維持するため、同じく環境庁長官に、右区域内に特別地域を指定する権限をも与えている(一七条一項)。そして、法は、関係者の所有権、鉱業権等の財産権を尊重するとともに、国土の開発その他の公益との調整を図る見地から(三条、なお、自然環境保全法三条)、右特別地域内において木材の伐採、鉱物の掘採、土石の採取等、公園の風致に影響を及ぼすおそれのある特定の行為をしようとする場合には、国立公園にあっては環境庁長官の、国定公園にあっては都道府県知事の許可を受けなければならないとする(一七条三項)とともに、その許可を得ることができなかったために損失を受けた者がある場合には、国がその者に対し通常生ずべき損失を補償することを規定している(三五条)。
しかしながら、法三五条による補償の対象となる損失は、右規定自体からも明らかなとおり、法一七条三項所定の特定の行為につき同条項所定の許可を得ることができなかったために受けた損失に限られるのであって、法一七条一項による特別地域の指定自体によって受けた損失は含まれないものと解すべきである。すなわち、特別地域の指定自体によって生じる土地の公用制限は、一般的な制限であり、しかも、それは、社会一般の通念上、都市計画法や建築基準法等による土地の利用制限と同様に、土地の所有権等に内在する制約にとどまるものと解されるのであって、それによって受ける損失はこれを当然に受忍すべきものと解するのが相当である。(これに対し、土地等の利用制限という点では共通であっても、森林法三五条や文化財保護法四五条二項は、保安林の指定や環境保全の措置がなされ場合には、土地等の所有者等がそれらの処分自体によって受けた損失を補償すべき旨を規定している。)
2 ところで、法一七条一項による特別地域の指定がなされた場合には、その特別地域内に存在する土地の所有者等は、法一七条三項所定の特定の行為をするためには同条項所定の許可を受けなければならないという一般的な土地の利用制限を受けるほかに、自然公園の風致の維持という行政目的の達成のために、その土地の使用、収益を特別地域指定の趣旨に反しない限度で行なわれなければならないという一般的な制限をも受けるものと解すべきである。そして、このような土地の使用、収益の制限も、土地の所有権等に内在する制約にとどまるものと解するのが相当であるから、社会一般の通念上、特別地域指定の趣旨に著しく反することが明らかな土地の使用、収益行為は、右指定自体が解除されない限り、許可される余地のないものであって、土地の所有者等がそのような土地の使用、収益行為を目的とする許可申請をあえてしたとしても、当然に不許可となるべきものである。従って、このような特別地域指定の趣旨に著しく反することが明らかな土地の使用、収益行為を目的とする許可申請は、もともと法が予定していないものであって、許可申請の濫用というべきであるから、その結果不許可となった場合には、それによって受けた損失はその補償を要しないものというべきである。(もし、このような場合にまで損失の補償をしなければならないとすれば、単にその補償の取得のみを目的とする許可申請が続出するおそれがあり、その弊害は重大なものとなるであろう。)
因みに、都市緑地保全法七条一項や古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法九条一項には、許可の申請に係る行為が社会通念上緑地保存地区又は特別保全地区に関する都市計画が定められた趣旨に著しく反すると認められるときには、その申請が不許可となったことによって受けた損失の補償を要しない旨の規定が設けられているが、法にはそのような明文の規定は存在しない。しかしながら、都市緑地保全法等における右規定は、立法の趣旨、目的から見て当然の事理を明文で確認したものにすぎないと解されるから、法による許可申請の場合についても、同様に解するのが相当である。
三特別地域内における土石の採取行為の制限
1 法一七条三項三号によれば、国立公園又は国定公園の特別地域内において土石を採取する行為は、環境庁長官又は都道府県知事の許可を受けなければ、してはならないと規定している。土石の採取行為は、鉱物の掘採行為とともに、その対象となる土地自体を変形するおそれのある行為であり、木竹の伐採行為(同条同項二号)以上に反自然的な行為であって、公園内の自然の風致に及ぼす影響が決定的に大きいと考えられるために、このような規制がなされたものである。もっとも、同条三項但書及び同条七項により、特別地域指定の際にすでに着手していた行為等、又は、通常の管理行為、軽易な行為その他の行為であって、総理府令で定めるものなどについては、右規定の適用が除外される。そして、法施行規則一二条によれば、右総理府令で定める行為であって、土石の採取に関するものとしては、「宅地内の土石を採取すること。」(一八号)及び「土地の形状を変更するおそれのない範囲で、……土石を採取すること。」(一九号)が掲げられている。
2 ところで、特別地域の中であっても、風致の維持の必要度は、場所によって差異があるため、法施行規則九条の二は、公園計画を定めるにあたり、特別地域を、第一種ないし第三種の三種類に区分し、そのうちの第三種特別地域については、これを、特別地域のうちでは風致を維持する必要性が比較的に低い地域であり、特に通常の農林漁業活動については、原則として風致の維持に影響を及ぼすおそれが少ない地域であるとしている。しかしながら、第三種特別地域であっても、土石の採取行為、特に本件で問題になるような、露天掘りによる土石の採取行為の許否についてみると、<証拠>によって認められる「国立公園内(普通地域を除く。)における各種行為に関する審査指針について」と題する環境庁自然保護局長から各都道府県知事宛の昭和四九年一一月二〇日付通知(なお、これは国定公園についても準用される。)によれば、露天掘りによる土石の採取行為は、特別地域内では、原則として許可されず、第三種特別地域内(但し、一部除外地がある。)であっても、現地形を大幅に改変するおそれのないものに限り、例外的に許可されることがあるにすぎないとしており、そして、右にいう現地形を大幅に改変するおそれのない土石の採取行為としては、転石を採取するもの、又は、田畑等の地下二メートル程度のところに存在する土石を採取する場合であって、表土を埋め戻すことにより採取跡地を採取前とほぼ同様の状態に復元することが可能であるものなどを例示しているにすぎない。露天掘りによる土石の採取行為は、その行為の性質上、その対象となる土地自体の形状を改変し、風致の維持に重大な影響を及ぼすおそれが多いと考えられるためである。そして、特別地域(第三種特別地域を含む。)内における露天掘りによる土石の採取行為の許否に関する右のような審査指針は、公園の風致の維持を目的とする特別地域指定の趣旨と社会一般の通念とに照らし、相当なものであるということができる。
3 なお、採石法三三条の四によれば、都道府県知事は、同法三三条による岩石採取計画の許可申請があった場合において、その申請に係る採取計画に基づいて行う岩石の採取が公共の用に供する施設を損傷し、公共の福祉に反すると認めるときには、同条の認可をしてはならない旨規定している。そして、ここにいう公共の用に供する施設の中に、国立公園又は国定公園等の自然公園、従って、その特別地域が含まれることは明らかであり(同法一〇条一項一号参照。)、また、右損傷の中には、物理的な破壊とともに、効用上の破壊も含まれるものと解すべきである。従って、法一七条三項によって許可されえないような土石の採取行為は、採石法によっても認可されえないことになるといわなければならない。
4 以上要するに、土地の現地形を大幅に改変するおそれがあると認められる、露天掘りによる土石の採取行為は、国立公園又は国定公園の特別地域内においては(仮にそれが第三種特別地域内であっても)、公園の風致を破壊するおそれのある行為として、法一七条三項による許可を受けられない可能性が強いものであり、特にその土石の採取行為が大規模なものであって、公園の風致の維持に重大な影響を及ぼすと認められるような場合には、そのような行為は、社会一般の通念上、特別地域指定の趣旨に著しく反することが明らかな行為であるといわざるをえないから、そのような行為を目的とする許可申請は、許可申請の濫用として、当然に不許可になるべきものと解すべきである。
そこで、以下において、本件申請がそのような場合にあたるか否かについて検討する。
四本公園及び本件山林の状況
1 本公園の状況
<証拠>を総合すれば、原判決四〇丁表八行目の「本公園は、」から同四二丁表一〇行目の末尾までの事実(但し、原判決四一丁裏四行目から同五行目にかけての「標高一〇〇〇〇メートル」を「標高一〇〇〇メートル」と改める。)が認められるので、これをここに引用する。
なお、本件山林を含む三重県一志郡美杉村所在の山林が本公園の第三種特別地域に指定されたのは、前記判示のとおり、昭和四五年一二月二八日であるが、<証拠>によれば、本公園区域のうち本件山林を含む右美杉村所在の山林区域は、すでに昭和二三年一〇月一四日に赤目一志峡県立自然公園の区域に指定されていたものであり、それに伴い、この区域は、本公園の第三種特別地域に指定される以前においても、三重県立自然公園条例により、法による公用制限に準じた県立公園としての公用制限を受けていたものであることが認められる。
2 本件山林の状況
右1掲記の各証拠と、<証拠>を総合すれば、原判決四二丁表末行の「本件山林は、」から同四三丁表五行目の「採掘されたことはない。」までの事実(但し、原判決四二丁裏七行目の「面積」の前に「本件採石事業によって土地の形状が変更される予定の」を加え、同四三丁表一行目の「原生林」を「更新林」と改める。)が認められるので、これをここに引用する。
五本件申請に至るまでの経緯
<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。そして、右認定に反する菊山喜久治本人尋問の結果の一部は、その余の右各証拠に照らして採用することができず、そのほかには、この認定を覆えすに足りる証拠はない。
(一) 菊山喜久治は、同人の父の代からかなり広範な山林を所有して、林業(造林業を含む。)を営んでいたものであるが、昭和四三年ごろ(但し、登記簿上では、昭和四四年一一月一七日となっている。)、植林の目的で、本件山林を含む付近の山林約六〇ヘクタールをも買い受け、その後、順次、右山林に生育していた雑木を伐採したうえ、杉、檜の植林を行ってきた。なお、前記の判示から明らかなとおり、本件山林は、菊山喜久治による右買受け当時、すでに赤目一志峡県立自然公園の指定区域内に含まれていた。
(二) しかし、その後、外材の輸入が増加するなどの影響で林業に不況のかげりが見えつつあったところ、たまたま昭和四八年ごろ、本件山林内に採石事業の原石に適する良質かつ多量の片麻岩や花崗岩等の存在することが判明し、採石業者である有限会社八幡砂利から本件山林内において岩石、土地等を採取させてほしいとの申込みがあったため、菊山喜久治は、本件山林内での岩石等の採取によって利益をあげようと考え、これを承諾して、同年六月一日、右会社との間で、採取料を取得して、右岩石等の採取を認める旨の契約を締結した。
(三) そこで、有限会社八幡砂利は、昭和四八年八月二八日、三重県知事に対し、本件山林内の一万三七六二平方メートルの区域で約一〇万三五〇〇立方メートルの岩石等を露天掘りの方法で採取することを認めてほしい旨の採石法三三条に基づく採取計画の認可申請をするとともに、翌四九年一月には、同じく三重県知事に対し、右岩石等の採取につき、法一七条三項による許可の申請をもした。しかし、三重県知事は、その後慎重に審査した結果、同年七月一日、法一七条三項による許可申請につき不許可の処分をするとともに、採石法三三条に基づく右申請についても不認可の処分をした。
(四) なお、その間、有限会社八幡砂利による右岩石等採取計画の認可申請のあったことが明らかになるや、本件山林の地元である美杉村川上地域等の住民多数の間から、右山林で右のような大規模な採石事業が実施されると、右地域の自然環境が著しく破壊されるとともに、右地域及び雲出川下流地域に重大な水害や交通災害の発生する危険があるとして、右事業の実施に強く反対する意見が表明された。そして、昭和四九年一月一八日には、美杉村村長が三重県知事に対し、右と同旨の意見書を提出し、更に、同年三月二五日には、同村議会も、自然環境の保全、水害、交通災害等の防止の見地から、右採石事業に対する地元住民の理解と強力の得られない限り、右事業計画に反対する旨の決議を行なった。
(五) ところで、菊山喜久治は、有限会社八幡砂利が法一七条三項に基づいて行なった本件山林内での岩石等採取の許可申請が右のとおり不許可になったことや、本件山林内での採石事業の実施につき地元住民等が右のとおり強く反対していることなどの事情を十分に承知していながら、今度は、菊山喜久治自身が本件山林内での岩石等採取事業の実施を計画し、その許可を求めるため、昭和五〇年七月三〇日、三重県知事に対し、本件申請を行なったものである。
(六) しかも、菊山喜久治の行なった本件申請に係る採石事業計画の規模は、有限会社八幡砂利の行なった前記申請に係る採石事業計画の規模と比較して、採石面積において約9.4倍の一二万九六一〇平方メートル、採石予定量において約六八倍の七〇三万三一三五立方メートルにも達する異常に大かがりなものであった。
六本件採石事業の概要及び影響
1 本件採石事業の概要
<証拠>によれば、原判決四三丁表五行目の「原告は」から同裏九行目の末尾までの事実(但し、原判決四三丁表六行目の「右原石」を「砕石用原石」と、同一〇行目の「五立方メートル」を「六ないし八立方メートル」と、同末行の「二〇〇〇台必要となる。」を「約一二五〇台ないし一六七〇台が必要になるが、搬出道路の状況からみてかなりの困難を伴うものと考えられる。」とそれぞれ改め、同裏二行目の「年間」の前に「昭和五七年度の」を加える。)が認められるので、これをここに引用する。なお、<証拠>のうち右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして、採用することができない。
2 本件採石事業の影響
<証拠>を総合すれば、原判決四三丁裏一〇行目の「本件申請に係る」から同四五丁裏一〇行目の末尾までの事実及び同四六丁裏四行目の冒頭から同四七丁表一行目の末尾までの事実(但し、原判決四四丁表三行目の「原生林」を「更新林」と改め、同四行目の「三峰山山頂から」の次に「は見えないが、同所から」を加え、同四五丁裏二行目の「引き起こす」を「惹き起こし、付近の自然環境が大きく破壊される」と、同五行目の「失われる」を「失われ、自然環境が破壊される」と、同九行目の「汚染するため、」を「汚染し、自然環境を破壊する結果、」とそれぞれ改める。)が認められるので、これをここに引用する。なお、<証拠>のうち右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして、採用することができない。
3 本件採石事業が本公園に及ぼす影響に関する控訴人らの追加主張に対する当裁判所の判断
(一) まず、控訴人らは、本件山林を含むその付近の土地が本公園の第三種特別地域として指定された趣旨、目的は本公園の自然景観に対する眺望を維持するためだけであるかのごとく主張している。しかしながら、法一七条による特別地域の指定は、自然公園の風致を維持するためになされるものであるところ、その風致の中には、自然景観、眺望等、人の視覚に関するもののほかに、山林の静かさ、小川のせせらぎ、野鳥のさえずり等、人の聴覚に関するもの、あるいは、自然の大気、野生の動植物その他の自然物や自然現象によってもたらされる精神的安らぎ、爽快感、楽しさ等人の五感を通じて感得されるものなど、自然公園の存在ないし利用によって享受されうる諸々の雰囲気や情趣が含まれるものと解すべきであって、本公園における特別地域の指定についても、その例外を認めなければならない理由はない。従って、右主張は採用することができない。
(二) また、控訴人らは、本件採石事業が実施されることにより本公園の自然景観が阻害される期間は長くても一〇年間程度の期間にすぎないとか、右採石事業の実施により本公園の眺望が阻害される地点及び範囲は極めて限られたものであるとか主張して、右採石事業の実施が本公園の風致に及ぼす影響の少ないことを強調している。しかしながら、右の主張は、公園の風致の阻害をその眺望の阻害のみに限定している点で相当でないのみならず、仮に右採石事業の実施による本公園の眺望等の阻害の期間及び範囲が右主張のとおりであるとしても、その期間及び範囲は決して短小であるとはいえないし、右事業の実施が本公園の風致に及ぼす影響も少ないものとはいえない。のみならず、自然公園の風致を維持するためには、公園内の人目に触れない場所であっても、山林等の自然物ないし自然環境を自然のままに保護する必要があるのであって、人目に触れない場所であれば、自然物ないし自然環境をどのように破壊してもよいという理由はない。従って、本件山林内で前記認定のとおりの大規模な採石事業を実施するとすれば、その採石現場ないしその跡地が人目に触れるか否かを問うまでもなく、その事業の実施が本公園の風致に及ぼす影響は重大であるといわざるをえない。従って、右主張も採用することができない。
(三) また、控訴人らは、本件採石事業の実施に伴う騒音、振動やそれによって生じる静ひつさの阻害は本件申請について問題にすべき自然環境そのものに対する侵害にはあたらないし、仮に静ひつさの阻害を問題にするのであれば、その阻害される場所を特定すべきであると主張する。しかしながら、公園の特別地域内における騒音、振動やそれによって生じる静ひつさの阻害が公園内の自然環境ないし風致を侵害するものであることは明らかであるし(法二四条一項二号参照。)、また、公園内での静ひつさはその特定の場所でのみ必要とされるものではなく、その全体において必要とされるものである。従って、右主張も理由がない。
(四) 更に、控訴人らは、本件採石事業の実施に伴う岩石の崩落、森林の保水機能の喪失による水害の発生、土砂の流出による水の汚染、その汚染によって生じるあまごの養殖の被害等は、本件申請の許可、不許可の判断にあたっては考慮すべき事項でないかのごとく主張している。しかしながら、法一七条三項による特別地域内での特定行為の許可、不許可の判断にあたり、その行為の自然環境に及ぼす影響の有無ないし程度を慎重に考慮しなければならないことはいうまでもないところ(法二条の二参照。)、右主張に係る事項はいずれも自然環境自体に対する重大な破壊行為又はその結果であることが明らかであるから、本件申請の許可、不許可の判断にあたり、これらの事項が考慮されることは当然である。従って、右主張も、失当というべきであって、採用することができない。
七本件申請についての評価と本件不許可決定による損失補償の要否
1 以上の四ないし六で認定した本公園及び本件山林の状況、本件申請に至るまでの経緯並びに同申請に係る本件採石事業の内容、規模及び影響等の各事実関係を総合勘案して考察すると、本件申請に係る本件山林内での岩石等の採取行為は、本件山林内の現地形を大幅に改変するおそれのないものとは到底認めがたいのみならず、その内容及び規模が異常に大きく、本公園の風致の維持に重大な影響を及ぼすおそれの強いものであって、社会一般の通念上、本公園の特別地域指定の趣旨に著しく反することが明らかな本件山林の使用、収益行為であったと判断せざるをえない。従って、このような性格の岩石等の採取行為を目的とする本件許可申請は、本件山林等に対する特別地域の指定自体が解除されない限り、はじめから許可される余地も見込みもなかったものであって、当然に不許可となるべきものであったといわざるをえない。しかも、右の五で認定した本件申請に至るまでの経緯からすれば、菊山喜久治自身においても、本件申請の当時、右のとおりの事情を十分に認識することができたものというべきである。そうすると、本件申請のような許可申請は、もともと法が予定していないものであって、許可申請の濫用というべきものであったと解されるから、そのような申請に基づく本件不許可決定の結果、菊山喜久治が仮に何らかの損失を受けたとしても、その損失については何らその補償を要しないものと解するのが相当である。
2 なお、菊山喜久治による本件申請の目的に関し、被控訴人は、本件申請は単に損失の補償の取得のみを目的としてなされたものであると疑わざるをえないと主張するのに対し、控訴人らは、本件申請は、右のような目的でなされたものではなく、その申請のとおり現実に本件山林内で岩石等を採取することを目的としてなされたものであると主張している。しかしながら、右各主張の当否についての判断はしばらく措き、仮に本件申請の事実の目的が控訴人らの主張するとおりであったとしても、前記認定の各事実関係のもとにおいて、本件申請の評価と本件不許可決定による損失補償の要否に関する前記の結論は何らその変更を要するものではないというべきである。
八憲法二九条三項と本件不許可決定による損失の補償
1 控訴人らは、憲法二九条三項は財産権の内在的制約を超える公用制限については正当な補償をなすべきことを規定しており、そして、法三五条も憲法の右規定の趣旨に基づいて規定されたものであるところ、本件不許可決定による本件山林の所有権に対する公用制限はその所有権に内在する制約の範囲を超えるものであるから、憲法の右規定の趣旨に照らして考えても、被控訴人は、菊山喜久治が本件不許可決定によって受けた損失を補償しなければならない旨主張するので、その主張の当否について判断する。
2 まず、憲法の右規定の趣旨及び同規定と法による公用制限との関係に関する当裁判所の見解は、原判決三五丁裏二行目の「憲法二九条三項は、」から同三八丁表一行目の末尾までの理由説示と同一であるから、これをここに引用する。
なお、付言するに、その所有者による土地の使用、収益、処分は原則として自由であるかのごとく一般に誤解されがちであるが、土地は本来社会的共同生活の基盤をなす公共的性格の強い財産であって、その存在する地域社会の特性に応じた内在的制約に服すべきものであり、その所有者といえども、その存在する地域社会の特性に則して制定された法令の制限内でのみこれを自由に使用、収益、処分することが許されるにすぎないのである(民法二〇六条、二〇七条参照。)。しかも、土地の所有権に内在する制約は、固定的なものではなくして、時代の変遷とともに変化するものであると解すべきところ、近時、国民の社会的共同生活の安定、向上を図る必要上、自然環境の保全、公害の防止、文化財の保護、健全な都市計画の策定、無秩序な土地開発や地価高騰の抑制等、諸々の公共的見地から、土地の使用、収益、処分に対する多種多様の規制が設定、強化されており、それに伴い、土地の所有権に内在する制約の範囲ないし程度もますます増大しているのである。そこで、土地の公用制限による損失補償の要否を決定するにあたっては、このような事情を十分に考慮しなければならない。
3 以上の見地に立って法による公用制限について考察するに、法一七条一項に基づき、公園の風致を維持する目的で特別地域の指定がなされた場合には、その指定自体によって生じる土地の公用制限は、都市計画法や建築基準法等に基づく土地の利用制限と同様に、土地所有権等に内在する制約にとどまるものというべきである。従って、特別地域内に存在する土地の所有者等が右指定自体によって受ける損失は、社会一般の通念上、これを当然に受忍すべき範囲内のものと解するのが相当であるから、憲法二九条三項の趣旨に照らしても、その損失はこれを補償することを要しないものというべきである。
4 ところで、菊山喜久治のなした本件申請は、前記判示のとおり、社会一般の通念上、特別地域の指定の趣旨に著しく反することが明らかな本件山林の使用、収益行為についての許可を求めるものであり、特別地域の指定自体が解除されない限り、はじめから許可される余地も見込みもなかったものであって、許可申請の濫用というべきものであったと解されるから、このような申請に基づいてなされた本件不許可決定による本件山林の公用制限は、本公園の特別地域の指定自体によって生じる公用制限の範囲内にとどまるものであって、本件山林の所有権に内在する制約の範囲を超えるものではないと解すべきである。従って、菊山喜久治が本件不許可決定による本件山林の公用制限の結果何らかの損失を受けたとしても、その損失は、憲法二九条三項の趣旨に照らしても、その補償を要するものではないというべきである。
九結論
以上の次第であって、控訴人らの本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれもその理由がないといわざるをえないから、これを棄却すべきものである。よって、原判決はその結論において相当というべきであり、本件控訴はその理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官奥村長生 裁判官加藤英継 裁判官笹村將文)